長野県松本市深志3丁目に鎮座する深志神社へ御朱印を頂きに行ってきました。
暦応二年(1339)に信濃国守護であった小笠原貞宗公が創建したと伝えられ、武の神である「お諏訪さま(諏訪明神)」と、 学問の神である「天神さま(菅原道真公)」が祀られています。
このページでは、そんな由緒ある深志神社の御朱印とご利益、境内の様子、アクセス方法や駐車場などの情報をご紹介していきます。
目次
深志神社の御朱印
こちらが深志神社の御朱印になります。
御朱印帳
私が訪れたときは、2種類の御朱印帳が置かれていました。
一つは、色彩豊かな牛舎(神の使いである牛)と梅の花が描かれたもので、もう一つは11歳を迎えたばかりの菅原道真公がはじめて詩を詠みあげた場面が描かれたものです。境内には、その像が建っています。
深志神社のご利益
学問の神様である菅原道真公が御祭神なので「深志(深き志し)の天神さま」と親したしまれ多くの受験生が合格祈願のご利益を授かるために参拝に訪れるパワースポットです。
また、武の神である諏訪明神(建御名方命)も御祭神なので、「武運長久」「五穀豊穣」「盛業繁栄」などのご利益を授けてくださるといわれています。
そのためJリーグの松本山雅FCが必勝祈願を行う神社であもあります。
御祭神
- 宮村宮:建御名方富命(タケミナカタトミノミコト)
- 天満宮:菅原道真命(スガワラミチザネノミコト)
深志神社の境内
境内図
正面(西)参道の鳥居
手水舎
神楽殿
拝殿
暦応二年(1339)に諏訪明神(建御名方富命)を祀ったのが創建の始まりで、そのときは宮村大明神と称えられていました。
永正元年(1504)深志城(松本城)築城にあたり、社殿を南面から西面に直し、城の辰巳方の守護神とされます。
菅原道真公の奉斎は、応永九年(1402)小笠原長基公が京都の北野天満宮より井川城外鎌田の地に勧請しました。
江戸時代も歴代藩主の崇敬を受け、松本城下の南半分の商人町の総氏神ともなりました。
天保十二年(1841)に深志神社と公称する。
恵比寿殿
本町一丁目の守護神として寛保二年(1742)に境内に祀られました。
例祭日である11月19日には、恵比須様の御神像が飾られ、商売繁盛を願います。
神牛舎
御正忌一千年祭(明治三十二年)に氏子町会である博労町より奉納されたもので、松本の著名な彫刻家である原田蒼渓刻。
菅原道真公の像
御朱印帳の絵柄にもなっている十一歳の菅原道真の御像。
三峰神社
埼玉県三峰神社本社より寛永二年(1625)に勧請。
古くは伊勢町町内で祀られていたが、現在では伊勢町一丁目の守護神として境内に祀られています。
家内安全・火除・災難除の神様として崇敬されています。
社務所
御朱印はこちらでいただけます。
本町二丁目市神社
商都松本の萬商守護神とされ、「敵に塩を送る」の故事に由来した正月の伝統行事である「あめ市」の神様。
あめ市の期間中、この市神社より文政九年(1826)製作の神輿が遷座され本町二丁目町内に祀られます。
金山神社・松尾神社・三十四末社
- 金山神社:松本金山会により、鐵工・金属業の守護神として崇敬されています。
- 松尾神社:天保八年(1837)勧請と伝えられ、酒造りの守護神として崇敬されています。
- 三十四末社:境内に数多くあった末社が明治以降三十四末社としてまとめて祀られました。
愛染神社
古くは愛染明王・染殿社と称されました。
愛染講により染物業の守護神として崇敬されています。
南参道の鳥居
松本城ウォークのスタンプ
私が参拝に訪れたときちょうど松本城ウォークのイベントが開催されていました。
松本城ウォークとは、城下の歴史スポットをゆっくりと巡る秋のイベントです。
詳しく内容を知りたい方は公式ページでご確認ください。
こちらが深志神社の印になります。
深志神社へのアクセス方法(行き方)
電車(最寄り駅)
- JR「松本駅」から徒歩約15分
駐車場
- あり(約70台)
地図
- 住所:長野県松本市深志3丁目7-43