甲斐善光寺の御朱印と境内の様子は?アクセス方法と駐車場は?|甲府のパワースポット

甲斐善光寺

山梨県甲府市に建つ甲斐善光寺へ御朱印を頂きに行ってきました。

甲斐の英雄、武田信玄公が越後の上杉謙信との川中島の合戦のときに信濃善光寺の焼失を恐れ、永禄元年(1558)に建立したと伝えられています。

このページでは、そんな歴史ある甲斐善光寺の御朱印と境内の様子、アクセス方法や駐車場などの情報をご紹介していきます。

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甲斐善光寺の御朱印

こちらが通常の御朱印になります。

甲斐百八霊場の第1番札所になっています。

甲斐善光寺 御朱印

期間限定御朱印

春・夏・秋・冬にかけて期間限定の御朱印を頂けます。

また、お正月限定の御朱印などもあるようです。

こちらは秋に頂ける御朱印になります。

甲斐善光寺 限定御朱印

甲斐善光寺の境内

甲斐善光寺を参拝するのに拝観料などはありませんでした。

弘治三年(1557)の合戦で長野県の善光寺及び戸隠付近を治めた武田信玄は、翌年、ご本尊の阿弥陀如来などを甲州に移し、板垣の里に伽藍の造営を開始したのが甲斐善光寺のはじまりです。

永禄八年(1565)にはご本尊が入仏し、永禄十一年(1568)には七堂伽藍が整ったといいます。

その後、武田家の滅亡し浄土宗甲州触頭、徳川家位牌所として勢力を誇るようになりますが、宝暦四年(1754)の大火で全伽藍が焼失してしまいます。

山門

現在の山門は、寛政八年(1796)に再建されたもので、江戸時代中期を代表する建造物として国の重要文化財に指定されています。

重層な楼門で、桁行16.88メートル、梁間6.75メートル、屋根幅22.9メートル、棟高15メートルとなっています。

門の両脇には、なぜか未完成の仁王像が安置されています。

甲斐善光寺 山門

参道

立派な山門をくぐると松並木の参道が現れます。

甲斐善光寺 参道

お咳婆さんの石

いつの時代からか、百日咳など咳に苦しむものが、全快したら飴を奉納する約束をして祈願すれば、効験が著しいといわれるようになりました。

同じように進行されてきた医師は、甲府市の各所にあるといわれています。

甲斐善光寺 お咳婆さんの石

お土産屋

参道脇には、甲斐銘菓の桔梗信玄餅を販売しているお土産屋さんがありましたが、私が訪れたときは残念ながらお休みでした。

甲斐善光寺 お土産屋

ご当地名物の信玄アイスがすごく美味しそうだったのに、お店が休みでガッカリでした。

甲斐善光寺 ソフトクリーム

常香炉

甲斐善光寺 常香炉

金堂(本堂)

現在の金堂は明和三年(1766)に再建に着手し、30年の歳月をかけて寛政八年(1796)に落慶したものです。

金堂は高さ27m、奥行き49mという大規模な建造物で、全面に屋根がせり出す外観が特徴的です。

甲斐善光寺 本堂

長野と善光寺と同様に甲斐善光寺でも「戒壇めぐり」をすることができます。

戒壇めぐりとは金堂下にある「心」という字をかたどった真っ暗な通路を通って鍵を探し、触れることでご本尊と縁が結ばれて極楽浄土にいけるというものです。

甲斐善光寺 戒壇めぐり

金堂の天井には、江戸の希斎という画家によって描かれた2匹の龍がいます。

この部分のみが吊り天井となっていて、手を叩くと音が反響し、龍の鳴き声に聞こえることから「鳴き龍」と名付けられました。

本堂 甲斐善光寺

金堂から境内を眺めた様子です。

甲斐善光寺 境内

天正十九年(1591)に甲斐の国主となり、文禄二年(1593)、朝鮮出兵中に釜山で病没した加藤光泰の墓が、金堂裏手の墓地の一角に建っています。

阿弥陀堂

阿弥陀堂には、国の重要文化財である木造阿弥陀如来像が安置されています。

甲斐善光寺 阿弥陀堂

正一位王子稲荷大明神

甲斐善光寺 稲荷神社

銅鐘

甲斐善光寺の銅鐘は、武田信玄公が信濃善光寺から引きずって運んだという「引き摺りの鐘」と呼ばれています。

山梨県指定有形文化財・工芸に指定されています。

甲斐善光寺 銅鐘

大仏

甲斐善光寺 大仏

地蔵堂

六地蔵。

甲斐善光寺 六地蔵

 

甲斐善光寺へのアクセス方法(行き方)

電車(最寄り駅)

  • JR中央線の「酒折駅」から徒歩約15分
  • JR身延線の「善光寺」から徒歩約7分

バス

  • JR中央線の「甲府駅」南口からバスに乗車し、善光寺入口で下車

タクシー

  • JR中央線の「甲府駅」からタクシーで約12分

甲斐善光寺 アクセス

駐車場

  • あり

甲斐善光寺 駐車場

地図

  • 住所:山梨県甲府市善光寺3-36-1

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