箱根旧街道をハイキングしてきた全記録

箱根旧街道

箱根旧街道をハイキングしてきました。

箱根湯本駅からバスに乗って畑宿本陣まで行き、そこから箱根旧街道を通って箱根関所まで歩きました。

その風景を写真でお伝えするとともに、実際に歩いてかかった所要時間や距離、また地図や道の途中にある甘酒茶屋の情報についてもご紹介していきます。

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箱根旧街道とは

箱根旧街道とは江戸時代の箱根越えの道のことで、「箱根ハ里」とも呼ばれていました。

江戸時代のはじめ、幕府の官道でしたが泥道だったため石畳道に整備されたそうです。

今も石畳や杉並木の道が残り、往時の雰囲気を味わうことができる道となっています。

箱根旧街道の地図と所要時間と距離

ハイキングコースの地図

箱根旧街道の地図は、神奈川県庁が運営しているホームページに掲載されていたのですが、無くなってしまったようなので、グーグルマップなどで確認されたり、印刷してお出かけすることをおすすめします。

箱根旧街道 地図

所要時間と距離

箱根湯本駅のすぐ近くにある三枚橋から箱根旧街道を歩いて箱根関所まで行く場合の所要時間は3時間51分で、距離は11.6kmとなっています。

三枚橋からすべてを歩ききる人もいますが、石畳がある地点までバスで行き、そこから歩いて芦ノ湖方面へ向かう人も多くいますので、ご自身の体力に合わせて歩く距離を考えられるといいと思います。

箱根旧街道を歩いた全記録

今回のコース

箱根湯本駅→(バス)→本陣跡バス停→箱根旧街道(徒歩)→箱根関所

私は、箱根湯本駅からバスに乗って本陣跡バス停まで行き、そこから箱根旧街道を歩いて箱根関所まで行ってきました。

なぜこのコースにしたかというと、持っていた旅行雑誌がこのコースを紹介していたという単純な理由です。

箱根湯本駅

私のように途中までバスに乗っていく場合、箱根湯本駅の4番のりばのバス停から出発する「K:箱根旧街道線」に乗車します。

本数は1時間に2本程度なので、気をつけてください。

箱根湯本駅 バス

箱根旧街道・1号線きっぷ

箱根旧街道を歩くときに活用したいお得な切符が「箱根旧街道・1号線きっぷ」です。

※残念ながら「箱根旧街道・1号線きっぷ」は、終了してしまいました。

最新の情報については、駅前にある「箱根登山バス湯本案内所」でご確認ください。

本陣跡

10時31分に本陣跡バス停からスタートしました。

本陣跡 バス停

江戸時代、参勤交代の大名や公家が休息した旧名主の本屋敷があった場所です。

幕末、アメリカ合衆国の外交官であったハリスもこの場所で通ったそうで、そのときはじめて見る屋敷の日本式庭園に感動したそうです。

家屋は残念ながら、大正元年(1912)のときに火事で焼失してしまったそうです。

本陣跡 箱根

他にもバス停のすぐ近くには、箱根寄木細工の浜松屋があり、お店の中にはたくさんの外国人が来ていました。

箱根寄木細工 浜松屋
道路を歩いて行きます。

東海道五十三次の絵が描かれている建物「金指ウッドクラフト」の横を通り過ぎます。

「金指ウッドクラフト」では、寄木体験教室なども行っているそうです。

金指ウッドクラフト

畑宿

畑宿バス停まで来ました。

畑宿バス停

寄木細工「畑の茶屋」の横を通って進んでいきます。

写真右の階段を上がっていくと箱根七福神の大黒天が祀られている守源寺へ行くことができます。

守源寺の御朱印については、別のページに詳しく載せているので、気になる方はこちらをご覧ください。

 

箱根路東海道の碑が建っているところまで来ました。

箱根路東海道の碑

ここまでの来たときの時間を見てみると10時36分で所要時間は5分。

万歩計は315歩で、距離は220mです。


進んでいくと分かれ道がでてきます。

「旧街道・石畳・元箱根」と書かれた方へ進みます。

畑宿一里塚

分かれ道のところに土が盛られている場所があるのですが、これは「畑宿一里塚」といいます。

一里塚とは、江戸時代の道標として一里ごとに作られていたものだそうで、旅人はこれを目印に進んで行くとともに、塚の上に大きな木が植えてあるので、木の下の日影で休憩する場所でもあったそうです。

畑宿一里塚

石畳を歩いて行きます。

現在ではきれいな石畳の道になっていますが、延宝八年(1680)に石畳の道へと改修する前は、雨や雪のあとは大変な悪路だったそうです。

だんだん箱根旧街道といった感じになってきました。

石畳は、小石と石とを突き固めた地面の上に、石と石とを組み合わせて並べており、さらに石畳の横に、縦の排水路を持っているそうです。

箱根旧街道 石畳

西海子坂と刻まれた石碑が建っていました。

西海子坂

道路へと出てきました。

元箱根と書かれた矢印の方へと進みます。

「これより1.2kmの間七曲り」と書かれた看板が建っていました。

箱根の厳しさを感じます。

途中階段があるので、そちらを上がります。

道をショートカットできるのでありがたいのですが、階段の傾斜が急なので上がるにひと苦労です。

自転車で走っている人もいました。

橿の木坂バス停まで来ました。

橿の木坂バス停

橿の木坂バス停を過ぎるとまた階段があるので、上がります。

橿木坂 箱根

階段のところに「橿木坂」と刻まれた石碑が建っていました。

橿木坂は、「新編相模国風土記稿」に、「峭崖(高く険しい崖)に橿樹あり、故に名を得」とあります。

また「東海道名所日記」には、けわしきこと道中一番の難所なり。おとこ、かくぞよみける。

「橿の木のさかをこゆれば、くるしくて、どんぐりほどの、涙こぼる」と書かれています。

橿木坂

階段を上がるとまた舗装された道を進みます。

そしてまた階段を上がります。

階段を上がってい行くと分かれ道になっています。

どちらの道からも元箱根方面へと行くことができますが、そのまま階段を上がっていくと舗装されたコンクリート道で、左に曲がると須雲川自然探勝歩道になります。

分かれ道のところで時計を見ると10時58分になっていました。

なので、本陣跡からここまでの所要時間は27分。

万歩計は2156歩で、距離は1.55kmとなりました。

甘茶屋までは1.3km、元箱根までは3kmです。

須雲川自然探勝歩道

山根橋を渡ります。

山根橋 箱根

甘酒橋 箱根

甘酒橋を渡ります。

猿滑坂

猿滑坂と刻まれた石碑のところまで来ました。

サルでも滑ってしまうほどの急斜面がその名の由来だそうですが、私が歩いてきた道はすでに舗装され急斜面ではありませんでした。

猿滑坂

猿滑坂のところで時計を見ると11時13分だったので、ここまでの所要時間は42分。

万歩計は3302歩で、距離は2.37kmとなりました。

階段を上がっていきます。

また道路に出てきます。

ここでは道路を渡って、向かいの階段を上がっていかないといけないので、車に気をつけて横断してください。

道路を渡った先の階段をまた上がって行きます。

地図が立っていたので現在地の写真を撮ってみました。

追込坂

追込坂と刻まれた石碑のところまで来ました。

「新編相模国風土記稿」のふりがな(万葉がな)を見ると、フッコミ坂といったのかもしれないそうです。

甘酒茶屋までのゆるい坂の名前です。

追込坂

追込坂の石碑の隣には、「親鸞上人と笈ノ平」という説明版が立っていました。

東国の教化を終えての帰り道、4人の弟子と親鸞上人が箱根路を登ってこの地に来たときに、親鸞上人が「私が帰洛後どんな妨げがあるかも知れぬ。どうか私にかわって関東に留まり、門徒衆を教化してくれないか。」と弟子の性信房と蓮位房に頼みここで弟子との悲しい別れとなったと伝えられています。

親鸞上人と笈ノ平

甘酒茶屋

甘酒茶屋に到着しました。

甘酒茶屋

甘酒茶屋に到着したときの時間は11時25分だったので、ここまでの所要時間は54分。

万歩計は4267歩で、距離は3.07kmとなりました。

箱根湯本 甘酒茶屋

甘酒茶屋は、江戸時代から約400年以上も続いているという老舗の茶屋の名物は、砂糖や添加物を一切使っていない甘酒なんだそうです。ですが、私は甘酒があまり得意ではなかったのと、暑かったこともあり冷たい抹茶を注文してしましました。

他にも力餅やみそおでん、ところてんなどが販売されています。

甘酒茶屋 メニュー

抹茶の他に、くろごまきなこもちが数量限定で売っていたので、限定という言葉に惹かれて注文しました。

ちなみにお値段は500円です。

甘酒茶屋 くろごまきなこもち

こちらはいっしょについてきた寒天です。

甘酒茶屋 寒天

甘酒ではなく、冷たい抹茶を頂きました。

甘酒茶屋 抹茶

どれもとても美味しかったですし、お店の中のお客さんは半分くらいが外国人だったので、ちょっとビックリしました。

甘酒茶屋 箱根

箱根旧街道休憩所

甘酒茶屋の隣には、箱根旧街道休憩所という建物があり、当時の人の暮らしぶりを見ることができます。

箱根旧街道休憩所

建物の中はこんな感じでした。

甘酒茶屋の目の前には、バス停があるので、バスでここまで来ることもできます。

甘酒茶屋 バス停

甘酒茶屋で17分休憩して11時42分にまたスタートしました。

於王坂

於王坂と刻まれた石碑のところまで来ました。

道路を渡ります。

元箱根まで残り約40分のところまで来ました。

時間を見ると11時51分だったので、元本陣からここまでの所要時間は1時間20分。

万歩計は5516歩で、距離は3.97kmとなりました。

石畳の道が続きます。

白水坂

白水坂と刻まれた石のところまで来ました。

白水坂

石畳と杉の並木は、情緒溢れる雰囲気で歩いていても清々しかったです。

天ヶ石坂

天ヶ石坂と刻まれた石の後ろには、巨石がありました。

天ヶ石坂

団体でハイキングしている人たちもいました。

途中道を少し外れたところに石碑と看板が建っているところがありました。

なんて書いてあるのかよくわからなかったのですが、こちらが石碑です。

石碑の隣には、二子山についての説明版が立っていました。

説明版の横を上がって行くと二子山が見えるようなのですが、私が撮った写真はちょっと違うような気もします。

元の道に戻って歩いて行きます。

元箱根まであと15分のところまで来ました。

石畳を下っていきます。

石畳は登るより下るときの方が、滑ったり、足を踏み外したりしやすいので気をつけてください。

道路に出ましたが、そのまま真っすぐ下っていきます。

権現坂

権現坂と刻まれた石碑のところまで来ました。

権現坂は小田原から箱根路を登る旅人が、いくつかの急所難所をあえいで辿り着き、一息つく場所だそうです。

また、目の前に芦ノ湖を展望し、箱根山に来たという旅の実感が体に伝わってくる場所でもあるそうです。

権現坂

芦ノ湖のすぐそばまで来ました。

時計を見ると12時13分だったので、ここまでの所要時間は1時間42分。

万歩計は7451歩で、距離は5.36kmとなりました。

ケンペル・バーニーの碑

江戸時代、箱根の美しさを世界に紹介したケンペル氏と明治になって自然保護を訴えたバーニー氏、2人の碑が立っていました。

ケンペル・バーニーの碑

興福院

箱根七福神の布袋尊が祀られている興福院の横を通り過ぎます。

興福院 箱根

興福院の御朱印については、別のページに詳しく載せているので、気になる方はこちらをご覧ください。

 

東海道へと出てきました。

箱根神社入口バス停がすぐ近くにあります。

箱根神社入口 バス停

バス停に到着したときの時間は12時17分だったので、所要時間は1時間46分。

万歩計は7765歩で、距離は5.59kmとなりました。

箱根関所を目指して歩いて行きます。

ここからさらに1.2km歩かないといけないようです。

東海道を歩いて行きます。

身替わり地蔵

元箱根港のバス停、すぐそばにあるのが身替わり地蔵です。

宇治川の先陣争いで名高い梶原景季は、あるとき箱根を通ったとき何者かに襲われました。

そのときかたわらにあった地蔵が梶原景季の身代わりとなって命を助けてくれて、以来この地蔵を景季の身替わり地蔵と呼ぶようになったそうです。

身替わり地蔵 箱根

元箱根港 バス停

芦ノ湖沿いを歩いて行きます。

芦ノ湖

うっすらと芦ノ湖の向こうに富士山を見ることができました。

芦ノ湖 富士山

恩賜箱根公園

恩賜箱根公園まで来ました。

恩賜箱根公園

時間は12時34分だったので、所要時間は2時間3分。

万歩計は9387歩で、距離は6.75km。

箱根関所と書かれた矢印に従って進んでいきます。

箱根関所が見えてきました。

箱根関所

箱根関所に到着です。

箱根関所

 

万歩計で測った箱根旧街道の所要時間と距離

元本陣を出発したのが10時31分で箱根関所に到着したときには12時36分になっていました。

なので、所要時間は2時間5分。

万歩計は9617歩で、距離は6.92kmとなりました。
箱根旧街道 所要時間

 

 

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2 Responses to “箱根旧街道をハイキングしてきた全記録”

  1. こんにちは
    このブログを見て ぜひ江戸時代の道を 歩いてみたくなり 2018年11月1日 箱根湯元のホテル(一人専用部屋を利用)へ、翌2日 ホテルからバスで本陣跡で下車、歩いて箱根関所まで 同じコースを歩きました。途中 甘酒茶屋も立ち寄りました。この後 海賊船で桃源台へ、ロープウェイで大涌谷(良かった)へ、箱根登山鉄道で 箱根湯元の二連泊ホテルへ、翌3日午前 箱根大名行列(殿様は花田勝さん、行列は所々で止まって イベントがあった、尺八を吹きながらの 虚無僧数名も良かった)を見て 午後帰路につきました。3日とも 天候に恵まれて最高でした。この登りコースは 良かったです、一見逆なら 下りで楽そうですが 登りの方が 足に負担が少ないからです。ありがとう ございました。生きていたら 10年以内に再度 行ってみたいです。満70歳の爺さんより。

    • takasi様

      この度は、素敵なコメントを頂き誠にありがとうございます。
      私のブログが少しでもお役に立てていたら、とてもうれしいです。

      箱根旧街道は、私自身ももう一度歩いて見たい場所のひとつですし、
      takasi様の旅の記録を読ませていただき、さらにその思いが強くなりました。

      ブログを読んでくださり、ありがとうございました。

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