立会川・天祖諏訪神社の御朱印とご利益は?

天祖諏訪神社

東京都品川区南大井にある天祖諏訪神社へ御朱印を頂きに行ってきました。

嵐の相葉雅紀さんが、BABA嵐というテレビの企画で負けないように必勝祈願したことでも有名です。

境内の様子を写真でお伝えするとともに、ご利益やアクセス方法などについてもご紹介します。

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天祖諏訪神社の御朱印

こちらが天祖諏訪神社の御朱印になります。

天祖諏訪神社 御朱印

東海七福神の福禄寿の御朱印

天祖諏訪神社は、東海七福神の福禄寿が祀られている神社でもあります。

なので、七福神巡りの期間である元旦から1月15日までの間でしたら、こちらの福禄寿の御朱印も頂くことができます。

東海七福神 福禄寿 御朱印

東海七福神を歩いたときの記録は、別のページに詳しく載せています。

また、専用色紙にて御朱印や御神体などの写真も載せていますので、気になる方はこちらのページもご覧ください。

 

御朱印を頂ける社務所は、鳥居をくぐり階段を上がった左手に建っています。

受付対応は、午前9時から午後17時となっていますが、状況によって変更になることがあるようなでご注意ください。

天祖諏訪神社 御朱印 時間

天祖諏訪神社のご利益

御祭神

  • 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
  • 豊受大神(とようけのおおかみ)
  • 建御名方刀美神(たけみなかたとみのかみ)
  • 小碓命(おうすのみこと)

 

ご利益は、「開運」「厄除け」「武運長久」「五穀豊穣・商売繁盛」などを授けていただけるといわれています。

天祖諏訪神社 ご利益

天祖諏訪神社へのアクセス方法(行き方)

  • 東京都品川区南大井1丁目4番1号
  • 京浜急行の「立会川駅」から歩いて約1分

 

 

坂本竜馬像

立会川駅の改札口を出てすぐ左手にある北浜川児童公園には、立派な坂本竜馬の像が建っていました。

坂本龍馬が初めて江戸に出てきたのは嘉永六年(1853)の4月で、その 2ヶ月後の6月3日にペリーが4隻の黒船で浦賀に来航しました。

徳川幕府も江戸の町も突然の黒船来航で大騒ぎとなり、龍馬も土佐藩の一員として、土佐藩抱え屋敷に設けられた浜川砲台での警備に駆り出された。

現在は埋め立てられて、当時の面影を見ることはできませんが、浜川砲台跡から敷石の一部が発見されたことを記念して、平成十六年(2004)に高知市から坂本龍馬の銅像が寄贈されたそうです。

立会川 坂本竜馬

泪橋(浜川橋)

立会川駅から天祖諏訪神社へ向かう途中にあるのが、泪橋(浜川橋)です。

浜川橋 立会川

慶安四年(1651)に鈴ヶ森に刑場が置かれると、そこで処刑される罪人はこの橋を渡って刑場へと連れて行かれたそうです。

そのとき罪人の身内の人がこの橋に密かに見送りに来て、涙で最後の別れを告げたことから「泪橋」と呼ばれるようになったといいます。

現在の「泪橋」は、昭和九年(1934)に架けられたものです。

泪橋 立会川

泪橋を渡ると天祖諏訪神社の鳥居が右手に見えます。

天祖諏訪神社 鳥居

天祖諏訪神社の境内

こちらが手水舎になります。

天祖諏訪神社 手水舎

こちらが天祖諏訪神社の狛犬になります。

天祖諏訪神社 狛犬
立会川 諏訪神社 狛犬

天祖神社の創建は、しっかりとはわかっていませんが、西暦1100年から1190年頃だといわれています。

また、天祖神社は、古くは神明宮と呼ばれていたそうです。

諏訪神社は松平土佐守の下屋敷の海岸寄りにあり、江戸時代初期の寛永八年(1631)以前の創建だといわれています。

江戸時代には、泪橋を境にして、北側を北浜川、南側を南浜川と呼ばれていて、北には諏訪神社(北浜川の鎮守)、南には天祖神社(南浜川の鎮守)があり、昭和四十年(1965)に合祀されて天祖諏訪神社となりました。

福禄寿

社殿の左側には、東海七福神の福禄寿が祀られていました。

天祖諏訪神社 福禄寿

境内末社

厳島神社

天祖諏訪神社 厳島神社

稲荷神社

天祖諏訪神社 稲荷神社

天祖諏訪神社へ嵐の相葉雅紀が参拝

嵐の相葉雅紀さんがBABA嵐でババ抜き最弱王の汚名を返上するために天祖諏訪神社へ参拝して「勝守り」を求めたことがファンの間で話題となっています。

天祖諏訪神社の例大祭

9月に例大祭が賑やかに行われます。

 

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